サウダーヂな夜

恋における処世術。

  • BID46|2017年01月22日


この間、倉敷の美観地区へ抜ける商店街を歩いていると、えびすさんの石像が道端に置いてあるのを見つけた。どうやらパワースポットのようで、「私のくちびるにふれなさい。きっと恋が叶うでしょう。」という看板が設置されていて、えびすさんの唇はほんのり赤い。そんな石像に心奪われる、なんてこともなく私は歩くスピードを特段落とすことはなかったけれど、ひとつの問いが頭の中をあっという間に埋めつくした。果たして私は、恋がどこまで叶えば満足するのだろう。恋人同士になったら?結婚したら?同じお墓に入れたら?世界が二人っきりになってしまったら?

恋の神さまがもしもお願いごとをひとつだけ叶えてくれるのだとしたら、恋を乗り越えるたくましさをくださいって言いたい。最初のうちは恋人同士になれるだけで、史上最強の幸せ者だと思うのに、気がつけばそんな時のことなんて忘れて、小さくてみっともないヤキモチをことあるごとに焼いてしまったり、妄想と現実が思い通りに合致しなくてヤキモキしたりしてしまう。情けない、私の心は問題だらけ。

ひとつになれたらいいのに、そういう気持ちの本質は10代の頃から全然変わっていない。いい加減にしてくれよ、と自分でもそろそろ呆れてしまっている。「彼がどこかで元気で暮らしていれば、それでいいと思うの。」なんて言ってのける人が心の底からうらやましい。のどから手が出るくらいに、そういうマインドを手に入れたい。どうか私を弟子にしてください。

恋をすると、これまできちんと抱えきっていた孤独やさみしさも全部が恋に紛れ込んで、肥大化して怪物みたいになってしまう。他人を縛ることなんて全然望んでいないのに、どこかで私はそう望んでしまう。そんなことが到底自分の幸せに繋がるなんて思ってもいないのに。私を背負ってもらって安心感がほしいわけじゃない。顔をみつめて、言葉を交わして、おいしいごはんを一緒にたべて、笑って、そういうことがしたいだけなのに、おバカな怪物が私の中を暴れまわってしまう。うーん、恋を叶えてくださいなんてお願いは、欲望が底なしすぎて口が裂けても言えない、できない。

だから、そんな時には夜の散歩をして、ひとりであることを浮き彫りにさせる。ひとりで歩いたって、きちんとハッピーを見つけることができるのを確認して、よしよし、視界良好、ちゃんと美しい世界が見えてるな、そうやって一安心。私の中の怪物はまたピヨピヨしたひよこくらいに小さくなる。それでもなお、一瞬だけでいいから二人ぼっちを望んでしまう私を、恋する相手には「しょーがないなあ。」って笑っていてほしいなあ。あ~あ、アラサーにもなると、恋のひとつを叶えるのも大変だ。

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香具師 Profile

きり

「ヒバリ照ラス」スタッフ

ひょんなことから毎週日曜日「サウダーヂな夜」の昼営業にて働くことになり、ひょんなことから表町商店街のヒバリ照ラスで働いています。

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