サウダーヂな夜

揚げとそばの情景。

  • BID29|2016年10月03日


美咲町にある実家へ帰る時は、いつもふたつのところに立ち寄る。

ひとつは近所の紅そば亭。地域のおっちゃんおばちゃん集団が出雲で修行?をして、そば屋をしている。うちの地区は毎年そば祭りという催しでそばの早食い競争をするのだけど、ある年には男性部門で父が優勝、女性部門では母と娘の私でワンツーフィニッシュを果たすという、なんとも勇敢な我が家のエピソードがある。

もうひとつは、少し上ったとこにある、やまっこ。昔、地域のおばあちゃんが作っていた揚げと豆腐を復活させた地域のおばあちゃん達がやってる土日だけの食堂。田舎のおばあちゃんが作るごはんは、砂糖づかいが絶妙で何を食べても美味しい。調理方法も色々でシンプルながらもバラエティに富んでいる。ちなみに、実家で同居していた私のばあばは大阪育ちの女で、得意料理は牛丼とオムライス。サッポロ一番のみそ味にバターをのせた昼ごはんとか、孫の栄養などまるで考えない娯楽のごはんが大好きだった人なので、まったく「おばあちゃん」という風情がなかった。その代わり、美味しいものやお店にはとても詳しい人だったけど。そんな環境だったこともあり、大人になっての田舎ごはんは身体に染みて、なつかしさが逆に新鮮で嬉しい。

私は、紅そば亭とやまっこのどちらにも普段からよく可愛がってもらっている。だから代わりに手伝いをお願いされることも多い。この週末もやまっこのお手伝いをしてきたところ。

1日働いても無償だけど、いつも美味しいまかないと、たくさんの野菜やごはんがもらえる。それを単純に現金化してみても日当には少ない。だけど、私が来ると「しょーこちゃん」と手を振ってあからさまに喜んでくれる姿をみると、自分が良いもののような気がして、とても心が満たされる。自由に笑って好き勝手させてもらえる。自分が、お金以外の価値を欲していることに気づく。

「地域の余剰資源を活用して~」とかよく言うけど、私は地域の「ヒモ」を増やすことが一番いいと思っている。地域には、ひとりを養うくらいの食糧とかやさしさが余っている。

売れない物書きのようなだらしない風貌で、もしくは好青年を装って、お腹が空いたら、おしゃべり相手になって上手にごはんをねだる。夜は、どこか子どもが出た後の部屋を借りて気持ちよく眠る。お酒が飲みたくなったら、おっちゃん達を一か所に集めて宴会させる。「ヒモ」だから、しっかりと働くわけではない。だけど、その「ヒモ」がいることでなんだか地域が明るい。なんか楽しい。肌がぴちぴちする。そんな面白そうなところ住んでみたいなって、よその人が来る。

要は地域のおっちゃんおばちゃんに「しょうがないなあ」と思わせたもん勝ちだということ。呆れと愛の紙一重を上手に綱渡りして、家を持たずして地域に住まう。すごいな。

甘えることに寛容ではない世の中だからこそ、なつかしい繋がりをアップデートさせて、無理のない繋がりを自分の中で作っていくことができたらなあと思う。人の気持ちをちょっと考えてみる想像力をきちんと持っていたら、ちょっとわがままに振る舞ってみても案外許されて、自由に過ごせちゃったりする。そういう「しょうがない自分勝手」が世の中もっと増えたら、もっと楽に過ごせるのにな。

昭和を感じるものはだいたい私に寛容だった。時々厳しいのも、心地よかった。最近は、まちの昭和がどんどん消えていく。今どきのさらっとしたのも気持ちがいいけど、なくなっちゃうとどうなるのかな。そんなことを考え始めると、私はとても寂しくて胸が苦しい。自分の愛すべきものくらいは自分で守ってそういう感覚を受け継ぎたいなあと思う。



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香具師 Profile

きり

「ヒバリ照ラス」スタッフ

ひょんなことから毎週日曜日「サウダーヂな夜」の昼営業にて働くことになり、ひょんなことから表町商店街のヒバリ照ラスで働いています。

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